▽平凡と特別の話


『今夜、貴方に素敵な夢を届けます。サントアンヌ号スペシャルディナーショー』

(サントアンヌ号…か)

 午前練習を終えキキョウジムから帰ってきたハヤトは、テレビの着いた居間を通ると同時にそんなCMを目にした。カントー周辺の海辺やクチバの港で何度か目にしたことがある豪華客船。富裕層の人々や有名人も乗船することも多々あり、さぞ絢爛なムードに包まれていることだろう。

「まあ、俺が行く場所じゃあないな…」

 とはいえ、魅力は感じられるが華やかな空間を想像すればする程自分には不釣り合いな場所だと、ハヤトは乾いた笑いと共にそう呟き、テレビを消した。

 そう。自分の日常は、常に平凡だ。
 ハヤトは、静まり返った部屋で消されたテレビをぼんやり眺める。そしてふと、頭に“彼”が思い浮かんだ。

(ツクシは…平凡な俺といて楽しいのか…?)

 ヒワダジムのリーダーを務めるツクシは、手持ちのタイプの相性の関係でよく練習試合をしたりなにかとよく顔を合わせる身近な存在だ。気づけば、隣でツクシと話す回数も増えていき、彼の無邪気な笑顔を見る数も増え…気づけば、今までと違う繋がりにもなっていた。

 だが、付き合ってからも然程変わらないこの日常に、ツクシは満足しているのだろうか。
 思い返せば、いつも平凡な日常ばかり。豪華客船とは言わないが、偶にはツクシをどこか特別な場所へ連れて行ってやれたら。

 普段何も特別なことをしてやれていない自分に、ハヤトは顔を顰めた。
 と、そのとき。

「あっいたいた!おーいハヤトくーん!」

 突然の誰かの問いかけにハヤトはハッと我に返る。縁側に出てみると、両手にビニール袋をぶら下げたツクシが家を訪れていた。

「鐘を鳴らしてみたんだけど、出なかったからこっちまで回ってきちゃった」
「ああ、すまない。考え事していて周りが見えてなかったみたいだ…俺に何か用か?」
「うん、見てみて!」

 ツクシはいそいそと縛ってある袋を解いてハヤトに見せた。中には…綺麗な黄金の色をした干し芋。もうひとつの袋にはヒワダの炭が入っていた。

「近所の人から干し芋いっぱいもらったんだ、だからハヤト君、一緒に食べよう!」

 そう言い、ツクシは笑顔でハヤトに袋を渡す。彼のその眩しく愛らしい笑顔に、ハヤトは強張った表情を緩ませた。

「ああ、じゃあ庭で焼いて食べるか」

 ハヤトはツクシに笑みで応え、七輪を用意し庭へ戻ってきた。
 数分焼いた後、炭の香りが染み付いた熱々の干し芋を縁側に座り二人で食べる。一口食べた途端、ツクシはふふっと笑みを溢した。

「ふふっ、なんか特別だねっ」
「え?」

 特別?ハヤトは聞き間違いかと疑うようにツクシの顔を見た。ツクシは、焼きたての干し芋をかじりながら幸せそうに笑っているのだ。

(ああ…そうか…。俺らの特別ってのはこういうことなんだな…これでいいんだよな…)

 笑顔のツクシを隣で見たハヤトは、自分達にしかない平凡で幸せなこの時間がとても愛おしく感じた。そんな平凡で幸せなこの時間を、ハヤトは干し芋と共に噛み締めるのだった。

「せっかくだし餅でも焼くか?」
「やったー!」